昨年12月8日、真珠湾攻撃による太平洋戦争開戦から80年がたった。
昭和天皇が開戦に前向きな決意を示していたと取れる記述が、当時の側近の日記に残されていたことが初めて明らかになったという。
『太平洋戦争開戦直前 昭和天皇の心情 侍従長の日記で明らかに』
以前、ある方と戦争の話をした際、
「御前会議で戦争を止められなかった昭和天皇もある意味A級戦犯ではないですか?」
と疑問を投げかけたことがあった。
その方は
「天皇の開戦前の御前会議での発言は1度しかない。しかも戦争回避の意思表示であった。」
「よもの海 みなはらからと思ふ世に など波風のたちさわぐらむ」
と明治天皇の御製を詠む形で、対米開戦回避を訴えた1度がそうである。
しかしながら侍従長の日記での内容に
【開戦18日前の昭和16年11月20日には、開戦を避けるためのアメリカとの交渉について、昭和天皇に説明してきた内大臣の木戸幸一から聞いた話を記していました。
木戸は昭和天皇の様子について
「上辺ノ決意(かみのへんのけつい) 行過キノ如ク見ユ(いきすぎのごとくみゆ)」
と百武に語っていて、開戦に前向きな決意をしているように見えたと、懸念を示していたことが分かります。】
という記述がある。
であれば話は別である。
私の親族、家内の親族共に幸運にも戦没者が皆無である。
なので靖国神社の内容は良くわからなかった。
小泉政権の頃から始まった靖国参拝の問題は、当初私の中では他人事であった。
新年には靖国神社に参拝に行きます!というお客様がいらした。
自身が母親のおなかにいる時に父親が南太平洋で戦死されたとの事。
「天皇陛下は勿論政治家が靖国をお参りするのは当然です。
そうでなければ父は何のために死んだのでしょう?」
考えさせられた。
その後、改めて太平洋戦争を勉強し戦争史を学んだ。
20年位前、東南アジア史に詳しい大学教授に
「やはり300万人の戦没者を生んだあの戦争は間違いでA級戦犯やむなし!ではないですか?」
と質問を投げかけたことがあった。
教授の答えは
「もし開戦しなければ日本はイラクのようになり、アメリカの51番目の州になったかもしれません。
それはアメリカという人種差別国家においては、ある意味戦争300万人とは違った悲惨さになったかもしれない!」
であった。
太平洋戦争によりアジア諸国を連合国の植民地化から阻止した事実もある。
大英美術館の収蔵品は多くが大英帝国時代の植民地から略奪されたものである。
今尚、豪、NZとフィジー、ツバル、クック諸島のオセアニアは国旗にユニオンジャックを残している。
フランスのルーブル美術館の美術品コレクションは、ナポレオンがせっせと集めた諸国からの略奪美術品である。
1914年時点で9割以上がヨーロッパ諸国の植民地支配下にあった。
私が小学校の頃、アフリカ大陸地図には半分はヨーロッパ領が記されていた記憶がある。
ヨーロッパ諸国だけではなく、若きアメリカ合衆国までもが植民地による領土拡大を行ってきた歴史がある。
太平洋戦争とは何だっのか?
もっと歴史の授業で突っ込んだ授業を行うべきである。
そのうえで東京裁判とA級戦犯を論じるのが筋であろう。
昭和天皇も含めて。
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